……が売り文句の美容整形の医療がある。
リポセラピー(Lipotherapy)、リポディソルブ(Lipodissolve)、あるいはメソセラピー(Mesotherapy)などと呼ばれる美容法だ[1, 2]。
日本では『脂肪溶解注射』と『メソセラピー』が一般的かもしれない。
ちょっと乱暴になるが、『日本メソセラピー協会』なるものが設立されているのもあるので。
「美容を目的に、脂肪やセルライトを溶解する薬液を皮下注射する医療」
を、このエントリでは『メソセラピー』で一括する。
さて。
メソセラピーは注射なので、医師でないと扱えない。美容外科や美容クリニックで施術してもらえる。それ以外の場所で施術する施設と人物は、医師法違反の可能性があるので近づいてはいけない。
……できるなら国民の義務として、警察に通報してほしいところだ。
病院で扱う治療法だから、効果を期待できる痩身技術だと思われるだろう。
……が、「病院だから」「効果」があると「言い切れない」のは、以前別の場所で書いた。[3]
病院で採用される治療法は、そこの医師が自身で判断・採用するものであり、国や地元の保健所があれこれ口出しできるものではない。
つまり。
「効果も何も期待できないが、保険対象外の治療なので、好きなだけぼったくりのできる 医療」を採用している病院・クリニックが実在する可能性はある訳だ。
……保健内診療と保険外診療で、医師の取れる金額にどれだけの差があるのか。そこまでは知らない。
●歴史
この医療法を提唱したのは、フランスのミッシェル・ピストール(Michel Pistor, 1924-2003)医師だ。
1948年〜1952年の間に、この医療法の土台が形成され、1987年にはフランスで正式な医療として採用されるに至っている。メソセラピーの学部もあるとの話だ。[1, 4]
メソセラピーを推奨するサイトでは、ピストール博士が「美容法として提唱した」と表現しているが、大 き な 間 違 い だ 。
あるいは 意 図 的 に 誤 解 を 招 く 書 き 方 を し て い る 。
元々のピストール博士の研究は、「耳鳴りや疼痛・慢性痛、リンパ腺異常」の局所的な治療であり、1952年に発表された最初の論文も、疼痛治療に関する内容だ。[2, 5]
美 容 と は 無 関 係 だ 。
疼痛治療から脂肪溶解への方向転換がいつ頃からなのかは定かでない。
ともかく、メソセラピーが美容法としての取り沙汰されるようになったのは、ここ数年での動きだ。
疼痛治療としてはいくつもの論文が発表されてきているこの研究も、美容法としての論文はほとんど提出されていない。
それどころか、アメリカでは2004年頃からメソセラピーの効果を疑問視する声や、マイコバクテリア感染症の報告と警告も、専門誌ばかりでなくメディアでも取り上げられ始められている。[1, 6, 7]
海外での動きを知ってか知らずか、日本では2004年11月、メソセラピーを「肯定的に」広めるために『日本メソセラピー協会』を称する団体が設立された。[8]
ただし『日本メソセラピー協会』は社団法人やNPO、医師らで立ち上げた団体ではない。株式会社J・B・Aの1部門だ。
●メソセラピーの効果
メソセラピーとは、脂肪を溶解させる薬液を皮下注射し、脂肪細胞を死滅(ないしは脂肪を吐き出させ)、血流に乗せて体外へ排出させる、というものだ。
ただし1回では効果が期待できないので、2週間〜1ヶ月に1度の割合で何度か通うことになる。
皮下注射なので、メタボリックシンドロームに言われる内臓脂肪の除去や体重の減少に効果はないが、部分痩せやセルライト除去に効果がある、としている。
……ただし体重の減少にも効果があると謳うサイトも多々ある。
メソセラピーの効果が体重にまで及ぶのかどうか、それすらもはっきりしていないのだから、実際の効果が不明瞭なのだろうとの想像はつく。
この予想がなくとも、メソセラピーの理論は、素人目にはかなりこじつけているようにしか思えないのだよな。
脂肪を溶解すると言われる注射には、主成分にレシチンが使われる。[1, 2, 4, 5, 9]
これ自体は、卵黄や大豆に含まれる成分で、食品加工業でも乳化剤として使われる食品添加物だ。別に怪しい成分ではない。健康食品としては、脂肪燃焼や脳の働きを良くするとかの文言でのサプリメントがある。
……あくまで食品なので、効果を期待してはいけない。
これを皮下注射? こういう使い方をする成分ではないだろ?

見た感じでは、レシチンを注射する事で、脂肪を乳化させるのが目的のようだ。
だけど脂肪細胞内に蓄積された脂肪を乳化させるには、薬液が細胞内に入っていかないとならない訳で……ピンポイントで細胞を1つ1つ狙っていくのでもない限り、薬液が無駄になるとしか思えないのだが……。
……何かの偶然で薬液が脂肪細胞に入ったとしても、乳化するとは到底思えないのだけどね、直感的に。
仮に。
「浸透圧で脂肪が脂肪細胞からにじみ出てくるので、脂肪細胞は小さくなるし、脂肪も乳化するのだ」
などと中学生でも笑うおかしな理屈を展開するようなら、話は簡単。
こいつは医者じゃない。
で、更に10万歩ほど譲って、脂肪細胞内の脂肪が、細胞の外に出て乳化されて、血液に入ったとして、だ。
どうやって体外に排出されるのだ?
メソセラピーの薬液を製造・販売する企業の主張だと、「血流に混じった脂肪は、普通に新陳代謝される」そうだが。[1]
……結局は身体の別の場所で吸収されて、戻ってくるという事だよな。
俺みたいな素人だからこう考えるのであって、「メソセラピーは美容の医療として幅広く認知されている」という根拠があれば、俺が笑われるだけで済むのだけど……メソセラピーを肯定する科学的な根拠は、ほとんどなかったりする。
●注射液の内容
注射液の内容は、各種のビタミン剤やハーブエキス、レシチンなどのリン脂質の混合物という話だ。しかし薬液の製造元や商品毎に内容が異なるため、何が充填されているか正確な内容については不明だ。[2, 4, 5, 7]
一部ではホメオパシーのレメディすら使われているとか。[9]
英語版のWikipediaでは、良く使用される成分のリストが掲載されている[4]。一部医薬品のようだが、専門家ではないので1つ1つの検証は手に余る。食品添加物など医薬とは関係のない成分などもあるようだ。
先にレシチンが使われると書いたが、その一種であるホスファチジルセリンが実は良く使われる薬剤らしい。[1]
ちなみに、実際に医薬品として認可されている成分もある事はある。しかしその効果も、「脂肪溶解に効果がある」という名目では許可されていない。
「脂肪を溶解する効果がある」として、医薬品の申請が取れているものは、2007年12月現在でも存在しない。
●メソセラピーの安全性
メソセラピーを推奨するサイトや企業(病院)の多くは、「メソセラピーは従来の脂肪吸引と比べて手軽で、なおかつ安全である」と主張している。
ひどいのになると、世界の多くの国で効果と安全性が確認され、ヨーロッパや南米など20近い国々で脂肪吸引に替わる新技術になりつつある、とまで謳っている。
……薬液の内容物すら定かでない代物が、果たして安全なのか?
「メソセラピーは安全だ。なぜなら、我々の施術を受けて、被害者が出たとの報告は受けていないからだ」[1]
これが大概のメソセラピー従事者に共通する『安全性』の根拠だろう。
メソセラピーでは数千人の人体実験を行ってきた。
何かしらの事故が起きたとしても、それは病院の殺菌状態が悪かったか、施術後に感染した可能性もある。そこまで面倒は見きれない。[1]
こういう理屈だ。
……人体実験(臨床試験ではない)をしている段階で、話にならない。
●メソセラピーによる健康被害
メソセラピーによる健康被害は、残念ながら実は報告されている。幸い日本での出来事ではなく、ベネズエラのカラカス市での調査だ。[6]
2002年3月〜2003年12月までの間にメソセラピーを受け、皮膚と柔部組織に感染症を起こしたケースがある。
そのうちの患者49人の皮膚組織と、メソセラピーに使用された薬品15種類を培養し、非結核性抗酸菌のマイコバクテリアの存在を確認。患者と薬品から出たマイコバクテリアの遺伝子を比較したところ、49人のうち81.6%のマイコバクテリアは、薬品についていたマイコバクテリアと同じだったというものだ。
この報告では結論として、「皮膚や柔部組織にマイコバクテリア感染があり、従来の抗生物質が効果の見られない患者には、メソセラピーを受けた経歴がないか注意する必要がある」としている。
……これは充分に健康被害と呼んで良い……よな?
●FDA (Food and Drug Administration) からの警告
アメリカの整形外科医からなる団体、ASAPS(The American Society for Aesthetic Plastic Surgery、『米国美容整形外科協会』で良いのかな?)が重い腰を上げたのは、今年2007年5月14日になっての事だ。[10, 11]
ASAPSの発表は、安全性と効果の研究が進むまで、メソセラピーそのものに警戒するようにとのものだ。
その理由として、メソセラピーは
・手法が科学的に確立されていない。
・効果や安全性についてのデータがない。
・注射する内容物も詳細が不明である。
・主な副作用として、細菌感染、肉芽腫、および局所的な細胞の壊死がある。
などが挙げられている。
脂肪溶解の薬液で主に使用されるレシチンの一種、ホソファチジルセリンには、脂肪溶解の効果があるとの説明を許可された医薬品ではないとして、アメリカのFDAが2007年9月に警告を発した。[12, 13]
FDAの警告内容は、メソセラピーに用いるホスファチジルセリンを主成分とした薬品は、医薬品としての登録はされてない。効果の検証がされていないばかりでなく、未承認の医薬品が未承認の医療に使用されている状態であり、消費者に対し安全を保証できるものではない、としている。[13]
ASERF (The Aesthetic Surgery Education and Research Foundation、訳は『美容外科教育研究基金』かな)がFDAから、メソセラピーの安全性の評価試験を行う許可を取り付けたとの発表がされたのは、FDAの警告が発表されたのと同じ9月の事だ。[14]
試験はFDA監視の元、46週間の長期を予定している。
一部には期待を寄せるコメントなどもあるが……まあ効果はないだろう、というのが俺の予想。
ちなみに。
FDAの報告の前から、ブラジル、カナダ、イギリスでは同様の警告が数年先に出され、「脂肪を溶解するという触れ込みでホスファチジルセリンを主成分とした美容注射」は 禁 止 されている。
指摘するまでもなかろうが。
俺の調べた限り、日本においてはメソセラピーを警戒するよう呼びかけている団体は皆無だ。
溜まった脂肪は簡単には取り除けない。
とても当たり前の事なのに、どうして手軽な痩身法に手を出すのかねぇ?
好きな物を好きなだけ食べて、日がな一日ゴロゴロして、それで痩せられる方法があると思っているのだから、もう何と言うか……表現は自重しておく。
要は、仮に効果があるとしても、だ。
「見栄えのためなら命だって惜しくない」
という覚悟のあるヒト向けの美容法だな。
◎参考インターネット◎
[1] Marnell Jameson “Weighing in on Lipolysis” Los Angeles Times, December 3, 2007.
http://lat.ms/1jsDEgx
http://www.lipotreatmentfacts.org/downloads/LATimes_12-2007.pdf
[2] Lisa Doty “Technology Report: Mesotherapy” American Society of Dermatologic Surgery, January 2006.
http://www.asds.net/TechnologyReportMesotherapy.aspx
[3] にわか旅人『もう少し調べてみた(後編)』
http://tsure-zatsu.seesaa.net/article/31341883.html
[4] Wikipedia “Mesotherapy”
http://en.wikipedia.org/wiki/Mesotherapy
[5] Rotunda AM, Kolodney MS. “Mesotherapy and phosphatidylcholine injections: historical clarification and review.” Dermatologic Surgery. 2006 Apr; 32 (4): 465-80.
http://1.usa.gov/1qCx6Wm
[6] Rivera-Olivero IA, Guevara A, Escalona A, Oliver M, et al. “Soft-tissue infections due to non-tuberculous mycobacteria following mesotherapy. What is the price of beauty” Enfermedades infecciosas y microbiología clínica. 2006 May; 24 (5): 302-6.
http://1.usa.gov/1qCxaFO
[7] Maria Puente “Critics say mesotherapy offers slim chance” USA Today, August 4, 2004.
http://usat.ly/1qK3rLd
[8] 株式会社J・B・A『会社概要』
http://www.jba-group.co.jp/company/outline/index.html
[9] Vedamurthy M. “Mesotherapy.” Indian Journal of Dermatology, Venereology, and Leprology. 2007 Jan-Feb; 73 (1): 60-2
http://1.usa.gov/1qCxdS0
[10] American Society for Aesthetic Plastic Surgery “American Society for Aesthetic Plastic Surgery Warns Patients to Steer Clear of Injection Fat Loss Treatments” May 14, 2007.
http://bit.ly/1jEIMyh
[11] Plasmetic.com “ASAPS Warns against Mesotherapy, Injection Lipolysis.” May 15, 2007.
http://bit.ly/1qCxioI
[12] Department of Health & Human Services Warning Letter
http://www.lipotreatmentfacts.org/downloads/FDAWarningLetter.pdf
[13] LipoTreatmnetFacts.org
http://www.lipotreatmentfacts.org/index.php
[14] American Society for Aesthetic Plastic Surgery “Investigational New Drug Application for ‘Fat Melting’ Injections Cleared by FDA.” September 4, 2007.
http://www.surgery.org/press/news-release.php?iid=483
◎その他参考◎
・非結核性(非定型)抗酸菌症
http://health.goo.ne.jp/medical/search/10730500.html
・日本メソセラピー協会HP
http://mesotherapie.jp/index.html
・気になる医学『脂肪吸引・脂肪溶解注射(メソセラピー)』
http://www.k-igaku.com/liposuction/
・メソセラピー事典
http://mesotherapy.ezfuture.net/
・スマートリポ・メソセラピー・脂肪溶解注射の情報サイト『脂肪溶解注射「メソセラピー」って?』
http://smart-lipo.jp/meso_about.html
・日本脂肪溶解オペレーションセンター
http://shibouyoukai.com/about/index.html
・Injectablesafety.org “Consumer Safety Alert on Fat Dissolving Injections.”
http://www.injectablesafety.org/newsroom/pr_10082007.php
「セルライト」という言葉が出てきた時点で既に×だと思います。似非です。エステ業界でよく使われていますが。。
http://www6.ocn.ne.jp/~syuneido/cell.htm
ちなみに皮膚の表面をおさえると凸凹になるのをさして「セルライト」と言っている業者も多いですが、これは単なる”シワ”であって皮下にたまった脂肪分ではありません。ご心配なく。
ちなみに、薬品を使ってどんなに皮膚の表面からマッサージしたり、最新の装置でブルブル振動を与えたりしても、皮下にたまった脂肪を分解できることは科学的にありえません。
レスが遅くなり申し訳ありません。
情報ありがとうございます。
>http://www6.ocn.ne.jp/~syuneido/cell.htm
なるほど。セルライトという医学用語はないのですね。
Wikipediaにもありました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%88
〜〜〜引用開始〜〜〜
セルライトと通常の皮下脂肪の違いについては、セルライトは「脂肪組織に老廃物や水分が溜まったもの」「脂肪細胞同士が付着してできる脂肪の固まり」「リンパ液の固まったもの」「成分のほとんどはコラーゲン」とまったく異なる複数の説があり、また科学的検証も不十分なため、明確に定義されているとは言えない。エステサロンなどにおいてセルライトかどうかは外見上の特徴で判断されている。
〜〜〜ここまで〜〜〜
他にも英語サイトも含め複数読んでみましたけれど……『セルライト』は、これ1つでエントリが書けそうなほど怪しい代物ですね。