2007年07月08日

ある自然療法医は嘘をつく

  現在、我々が口にする農作物に含まれるビタミン・ミネラルは、数十年前の農作物の1/10、いや1/100以下の量しかない。これは一か所の農地で何年・何十年も同じ作物を育成している事、そして化学肥料や農薬の使用により、土中のミネラルが破壊され、減少しているためだ。
  いかに我々が大量の野菜と果物を摂取しようと、ヒトの胃の容量には限界のあるため、かつてのような十分な量のミネラルを摂取する事はできない。
  つまり、我々は満腹でありながらも、少しずつ餓死へと向かっているのだ。
  それを防ぐためにも、我々は積極的にミネラルを摂取しなくてはならない。しかしそれとて、最近の化学薬品で汚染されたミネラルでは危険だ。
  人類が誕生する以前、現代よりも生命に満ち溢れていた時代の土壌から取り出したミネラル、これこそが現代に生きる我々が健康で長生きするための唯一の方法だ。


 これと同じでなくても、似たようなニュアンスの説明はよく聞くし見かける。
 そしてミネラル不足解消の救いと紹介されるのが、「天然自然な土壌から抽出した60種(物によっては70種以上)のミネラルが溶けている」という触れ込みの、ガラス容器に入った黄色とも茶色とも見える『ミネラル水』だ。
 ……そうそう。
 「従来の化学薬品から作られたミネラルと違い(植物性だから、コロイド化させているから、のオプションあり)吸収性に断然に優れている」の一言も忘れてはいけない。

 さて。
 さしたる科学知識がなくとも「胡散臭そうだ」と判断の付けられるこの与太話を世界中に広めたのが、アメリカ人の獣医にして自然療法医のジョエル・D・ワラック(Joel D. Wallach)博士だ。

●ジョエル・D・ワラック(Joel D. Wallach)
 この人物を説明するには、ただのミネラル水より『コロイドミネラル』『植物ミネラル』とすると通りが良いかもしれない。

 ワラック氏はアメリカのみならず、『コロイドミネラル』で悪名を馳せる人物だ。19世紀辺りであればSnake Oil Salesman(日本でなら『ガマの油売り』と言ったころか)として成功していたかもしれない。実際、オーストラリアのある専門家は、そのように評している[1]。

 ワラック氏は1964年にミズーリ州立大学(University of Missouri)で獣医免許(Doctorate in Veterinary Medicine; D.V.M.)を取得した[2]。
 1960年代の後半はセントルイス動物園で獣医として勤務。

 やがて観察していたサルから、嚢胞性線維症(Cystic Fibrosis)の原因が脂肪酸とセレン(Se)の欠乏にあるとの仮説を立てたのだが、当時から、嚢胞性線維症は遺伝子の欠損が原因と推測されていたものだ。生化学(遺伝子学)が未発達だったため、問題の遺伝子は発見されていなかったが[1]。
 それでも、わずかながらの研究者の関心は引いた。
 結果、嚢胞性線維症はセレン不足とは無関係であると確認され、さらに後年になり、嚢胞性線維症の原因である遺伝子が発見され、ワラック説は完全な誤りである事が決定的になった[1]。

 これを期に、ワラック氏は科学的な研究からは身を引き、自然療法医へと方向を変えた。まっとうな学会から科学的な根拠を求められる心配をせずに、自説の研究を人体で進めることができるからだ[1]。

 そして1982年に、オレゴン州のNational College of Natural Medicineで、自然療法医(Doctorate in Naturopathic Medicine; N.D.)を取得した[2]。

 ワラック氏は今日においても、嚢胞性線維症の原因がセレン不足にあると主張し、その他の数多くの病気はミネラルの補給により予防・治療が可能だと、世界中を講演して回っている[1]。
 ただしその目的は、科学的に否定された自説の正当性を(科学的根拠なしに)主張し続けるためではなく、自身が主催するマルチレベルマーケティング(MLM、Multi-Level Marketing、連鎖販売取引、いわゆるマルチ商法)企業の下位会員を集めるためだ[2]。

 講演内容はビタミンとミネラルの関係を説いた生化学もので、この両社の関係を理解すれば、誰よりも長く健康で生きられる秘密らしい[2]。

 生化学の体裁を取り繕ってはいるが、現代科学とは相容れない似非科学な内容、というのが健全な科学知識を持つ人達の評価だ[3]。

●死んだ医者は嘘つかない(Dead Doctors Don’t Lie)
 サポーター(会員、信者とも言う)の信仰を得るため、ワラック氏の商品を扱う企業(代理店含む)では、講演を収録したテープ(最近はCD)を販売している。
 そのタイトルが『死んだ医者は嘘つかない(Dead Doctors Don’t Lie)』だ[3, 4]。

 名前の由来は「……だけど生きている自然療法医は嘘をつく」と自虐的な意味合いを込めたもの……ではない。
 「アメリカの医師の平均寿命は、一般的なアメリカ人の平均寿命よりもずっと短い。そんな自分の健康すら守れない医師達に、一般人の健康など守れるはずがない。人の生命を守るのが医師だと言うが、医師の短命さを見れば、それが嘘なのは一目瞭然だ。死んだ医者は嘘をつかない」
 という主張からのタイトルだ[3, 4]。

 ワラック博士の主張の最たるものは、「ヒトもその他の動物も、数多くの病気に苦しめられている。その原因は、食料に含まれるミネラル不足によるもので、十分なミネラルを摂取すればもっと長生きできる」というものだ[1, 3-6]。

 が、それらの主張の多くは、科学的・医学的な根拠が示されていない、もしくは明確に誤りであると証明されている。タイトルの由来となった医師の平均寿命が一般のそれよりも低いというワラック氏の主張も、否定されている(医師の寿命は一般人より高いと確認されている)[3]。

 ワラック氏の主張は、自分に都合の良い似非科学の布教だけではない。

 1991年、ワラック氏は「先天性の病気を、微量のミネラルの使用により予防できる事を発見」し、ノーベル医学賞にノミネートされた[1, 3-5]。
 この言い分はワラック氏の『植物性ミネラル水』『コロイドミネラル』の信奉者が頻繁に使用するものだ。
 が、これはでまかせだ。
 ノーベル協会(Nobel Committee)では候補者の名前を開示しないので、候補者自身ノミネートされたかどうか、知る方法はない。ワラック氏本人、もしくはその取り巻きが『推薦状』を送り、『ノーベル賞候補』と広めたと思われる[7]。
 言うまでもなく、そのような『候補者』を、ノーベル協会は検討対象としていない。ワラック氏の場合、『ノーベル賞候補』の主張に関し、ノーベル協会がわざわざ手間隙かけて公式の場で否定している[1, 3, 7]。

●被害者は既に出ている?
 この手の似非科学(医療・健康話・宗教でも可)に関わる人物から、時々このような意見が出てくる。
  「これを使った(信じた)事で、自分は健康になった(救われた)。信じる・信じないはともかく、被害に遭った人がいないのだから、それでいいではないか」

 残念ながら、そうはいかない。

 1995年の話だ。
 National Council Against Health Fraud (NCAHF)に、ある報告が届けられた。ワラック氏がサンフランシスコの病院で治療した患者が、キレーションセラピーで「毒殺」されたのではないか、というものだ[7]。
 患者は以前から心臓に疾患を抱えており、キレーションセラピーのために月に1、2回ワラック氏のいる病院を訪れていたそうだ。
 さらにこの人物は、一見すると『泥水』のような液体も服用をしていた。この液体の正体は不明だが、FDAから高濃度の毒物を含むという理由で禁止された飲み物と似ていたようだ[7]。

 死亡した患者は火葬にされたため、死因がワラック氏の医療行為なのか、持病によるものなのか、追求することはできない。しかしワラック氏は獣医で自然療法医であり、ヒトに医療を行う資格を持つ医師ではない。医師法違反の疑いは否定しきれない[7]。

 この報告を『被害』とするのは、正直難しい。
 しかしワラック氏が、違法(かそれに近い)行為を働いていたのは確かと見て良いだろう。


 ……ワラック氏(博士と呼ぶもおこがましい)はこの辺にしておく。
 コロイドミネラルの話を続けると長くなるので、その話は別の機会に。


◎参考インターネット
[1] Stuart Adams “Youngevity Australia, Colloidal Minerals & Dr Joel Wallach” Nutra-Smart.net, February 27, 2007.
    http://nutra-smart.net/al.htm
[2] Wikipedia “Joel D. Wallach”
    http://en.wikipedia.org/wiki/Joel_D._Wallach#Sites_run_by_Wallach
[3] James Pontolillo “Colloidal Mineral Supplements: Unnecessary and Potentially Hazardous,” Quackwatch, December 11, 1998.
    http://www.quackwatch.org/01QuackeryRelatedTopics/DSH/
colloidalminerals.html
[4] 『死んだ医者は嘘をつかない』
    http://luckydia.web.fc2.com/genki/wallach.html
[5] エンジェビティ株式会社HP
    http://www.engevity.co.jp/index.htm
[6] Robert Todd Carroll “Joel D. Wallach, ‘The Mineral Doctor’" the Skeptic’s Dictionary, December 12, 1998.
    http://www.genpaku.org/skepticj/deaddocs.html
[7] “Dead Doctors Don’t Lie! But This Living Veterinarian Does!” NCAHF News, March- April, 1996. Vol. 19 (12).
    http://www.ncahf.org/nl/1996/3-4.html
posted by にわか旅人 at 15:17| Comment(1) | TrackBack(0) | 健康増進? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして!この話詳しくお聞きしたいです!
Posted by まき at 2013年09月30日 22:10
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